多くの新聞報道等によれば、平成31年4月30日に天皇陛下が退位し、翌5月1日に皇太子殿下が新天皇に即位されると伝えております。私はこのマスコミ報道に文句をつけるつもりはありませんが、天皇陛下の「退位」という言葉遣いに文句を言いたいのです。
現在最も詳しい日本史辞典である『国史大辞典』には「退位」という見出し語はありません。江戸時代の光格天皇より約200年間、退位のことがなかったから、『国史大辞典』に見出し語として採用しなかったのではありません。「退位」という言葉それ自体が歴史的に用いられたことがほとんどないからです。
天皇が在世中に皇嗣(皇太子)に皇位を譲ることは「譲位」と申します。「遜位」とも、「譲国」とも申しますが、ほとんどの文献には「譲位」とでてきます。。天皇陛下のお言葉の中では「退位」とは仰せにならず、「譲位」と称されています。さすが天皇陛下だと思いました。「退位」も「譲位」も同じ意味と思われがちですが、「退位」にはどうもフランスの国王が市民革命で王位を追われて「退位」したという西洋史のイメージがつきまといます。その点、「譲位」には天皇に主体性を帯びた感じがします。有識者とよばれる人たちは「退位」ではなく、「譲位」というべきだと主張されて当然だと思います。
我が国の皇位継承は、天皇(先帝)崩御の時か、譲位しかありません。記紀の神話的な時代はともかく、歴史的に確実な時代にかぎっていうと、女帝が続いた期間を除いて、聖武天皇(在位724~49)や光仁天皇(在位770~81)が譲位してより、次第に譲位が通例となります。聖武天皇より明治天皇にいたる78代のうち、先帝崩御による皇位継承はわずか22代しかなく、あとの56代は譲位によるものでした。むしろ譲位による皇位継承が普通だったのです。しかし、譲位には天皇の自主的なものもあれば、時の権力者による強制的な譲位もあったことは歴史に示すところです。むしろ後者の場合が多かったゆえに、明治以降の天皇制は譲位を制度的に許さなかったのです。
テレビで報道された天皇陛下のお言葉では確かに「このたびの譲位では」云々と申されておりました。私の聞き違いでなければ、陛下のご学識に応えて「退位」ではなく、「譲位」と言うべきでしょう。
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